警察の「4円」無断駐車判決にみる公権力の慢心と「勘違いサラリーマン」の実態

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警察の「4円」無断駐車判決にみる公権力の慢心と「勘違いサラリーマン」の実態

警察の「4円」無断駐車判決にみる公権力の慢心と「勘違いサラリーマン」の実態

先日、大阪地裁岸和田支部で下された一つの判決が、ネット上を中心に大きな議論を呼んでいる。内容は、大阪府警の捜査員が捜査中に民間のコインパーキングに約20分間、無断で駐車したことに対し、土地の所有者が損害賠償を求めたものだ。結果、裁判所は大阪府に対し「4円」の支払いを命じた。

「たった4円のために裁判をするなんて」と冷笑する向きもあるかもしれない。しかし、この「4円」という極めて少額の支払い命令には、法治国家としての根幹に関わる重要なメッセージと、現代の警察組織が抱える根深い病理が凝縮されている。

1. 「公務」という名の免罪符は存在しない

まず、この事件で注目すべきは、被告である大阪府(大阪府警)が主張した論理だ。府側は「捜査のために必要であり、他に代替手段がなかった」と主張し、無断駐車の正当性を訴えた。つまり、「公務という崇高な目的のためであれば、民間の権利を多少侵害しても許されるはずだ」という論理である。

しかし、裁判所はこの言い分を明確に退けた。緊急避難的な状況、例えば犯人を現行犯で追跡中であり、一分一秒を争う事態であったなら話は別だ。だが今回のケースでは、そこまでの緊急性や不可避性は認められなかった。この判決が示したのは、「公務であっても、民間のサービスや財産をタダで享受する権利はない」という当たり前の原則だ。警察といえども、社会システムの一組織に過ぎない。民間の経済活動を利用したのであれば、対価を支払うのはコンビニで弁当を買うのと同じくらい当然の義務である。

2. 「逮捕権を持っただけのサラリーマン」という現実

市民が警察官に抱く不満の多くは、彼らの「高圧的な態度」や「特権意識」に起因する。今回の事件でも、現場の捜査員に「一言断る」「後で支払う」という最低限の礼節や常識があれば、裁判には発展しなかったはずだ。

法的に見れば、警察官とは「特定の職務のために強制捜査権が付与された労働者」に過ぎない。人間性が優れているから権限があるのではなく、職務のために「権限を一時的に借りている」だけだ。しかし、現場ではこの「権限」を「自分の偉さ」と勘違いし、年配の市民に対しても平気でタメ口を使う者が後を絶たない。彼らもまた、税金から給料を得る「サラリーマン」である。その自覚があれば、無断駐車をして知らん顔という知性の欠如した振る舞いは出てこないはずだ。

3. 監視機能の不全と「アホ」と揶揄される組織構造

なぜ、このような勘違いが蔓延するのか。それは警察を外部からチェックする機能が実質的に死んでいるからだ。公安委員会は事務局を警察官が務める「追認機関」と化し、監察官も身内びいきが目立つ。今回の裁判で、大阪府が「4円」のために多額の税金(人件費や訴訟費用)を投じて正当性を主張し続けた姿勢こそ、コスト感覚の欠如した「組織の傲慢」の象徴である。

4. 「市民に養われている」という原点への回帰

警察官が真に思い出すべきは「公僕(Public Servant)」という言葉だ。彼らの給料もパトカーも、すべては納税者が汗水垂らして納めた金で賄われている。「市民は雇い主である」という認識があれば、一円たりとも無駄にせず、市民の権利を最大限尊重するのがプロの仕事だ。今回の判決は、司法が警察の特権意識に突きつけた最後通牒である。警察は、自分たちが「市民の理解と協力がなければ何もできない、単なる法執行のサラリーマン」であることを自覚すべきだ。

© 2026 現代社会の視点 – 警察不祥事と法治主義を考える

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