給食無償化の先にある「真の働き方改革」|市の未来を考える

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給食無償化の先にある「真の働き方改革」|市の未来を考える

給食無償化の先にある、本当の働き方改革。
〜経済的支援を超えて、親の「時間」をどう奪還するか〜

2026年、春。岐阜県関市が放った「小中学校の給食を完全無償化する」というニュースは、多くの子育て世帯に大きな衝撃と期待を与えました。国が公立小学校の給食費を補助する方針を固める中、自治体独自で中学校まで広げる決断は、私たちにとっても、市政のあり方を問い直す大きな契機となっています。

しかし、このニュースを単なる「家計が助かる話」で終わらせてはいけません。私たちが真に議論すべきは、数字の裏側にある、親たちの圧倒的な「時間の欠乏」です。

1. 「無償化」以上に切実な、親たちの「隠れた労働」

社会全体で「働き方改革」が叫ばれています。しかし、その足元で親たちがどれほどの「名もなき労働」に追われているか、行政はどこまで把握できているでしょうか。その象徴が、高校進学と同時に始まる「お弁当作り」の重圧です。

小学校から中学校までの9年間、私たちは給食という公的インフラに守られてきました。しかし高校に入った途端、食の責任はすべて家庭、主に保護者の肩に重く突きつけられます。毎朝5時や6時に起き、献立を絞り出すこの「毎日1時間」という積み重ねは、年間で200時間を超える膨大な労働です。これを「親の愛情」で片付け放置し続けることは、現代の働き方改革と真っ向から矛盾しています。

私たちが求めているのは、月々の数千円の補助もさることながら、この「命の時間」を奪還することなのです。

2. 崩壊する「学食」という民間モデルの限界

大垣市内でも、経営難による業者の撤退で学食が消えていく高校が増えています。食材費・光熱費の高騰、人件費の負担により、民間単独の「学食ビジネス」は成立しなくなっています。選択肢が消えた結果、親は無理をしてでもお弁当作りを再開せざるを得ません。この負の連鎖を止めるには、給食を「公的なサービス」の延長線上に位置づけるしかありません。

3. 既存システムの拡大:高校給食は「夢物語」ではない

岐阜県内の定時制高校や特別支援学校では、すでに市町村の給食センターから食事が配送されている前例があります。仕組みは既にあるのです。あとは全日制に対応するための調理能力と予算の意志です。

例えば、スマホ予約制の「公的お弁当配送サービス」を市が主導し、運営経費を補助する形はどうでしょうか。親はお弁当作りから解放され、子供は安価で栄養価の高い食事を手にし、地域業者には安定した受注が生まれる。そんな「三方よし」の仕組みこそが、今の市政に求められる知恵です。

4. 街の資産を「生活の質」に直結させる知恵

財源や場所の問題を考える際、大垣市にはまだ活用しきれていない資産があります。その象徴が「市民会館の跡地」です。現在は用途不明のまま、広大なアスファルトの駐車場として放置されています。駅前の再開発も大切ですが、あの好立地を市民の「生活の質」を底上げする拠点にできないでしょうか。

最新の衛生基準を備えた「地域共生調理センター」を設置し、そこから小中高、さらには高齢者の配食までを担う。アスファルトの平地は何も生み出しませんが、そこに市民の「不」を解消する仕組みを植えれば、街の持続可能性を支える強力なインフラに変わります。

結論:2026年、私たちは何を選択するか

2026年の給食無償化は、一つのゴールではありません。私たちは単にお金が浮くことを喜んでいるのではなく、行政がどこまで市民の生活実感に寄り添ってくれるかを注視しています。

「お金を配る」政治から、「市民の時間を創出する」市政へ。働き方改革の本当の成果は、家庭の台所という最も身近な場所から始まるべきなのです。

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